シークレット スマイル



御幸はややだるそうにベッドに背もたれて座ると、目の前のローテーブルに広げたままになっている和泉の教科書を取り上げた。


「二年生の教科書か・・・懐かしいな。誰かと勉強中だったんだね、いいの?」

「うん、同じクラスの友達だよ。いまレストルームに行ってるんだ」

「ふうん・・・。聡、また一緒に勉強しようよ。いまなら僕が教えてあげられる」

「同じ学年の時でも、御幸には教えてもらってたよ。僕は嬉しいけど、受験勉強の邪魔にならない?」


――バサッ。 


和泉の教科書が音を立ててローテーブルに投げ返された。


「・・・聡らしいね。変わってなくて、安心したよ。ゴホッ!ゴホン・・・」

ずっと御幸の咳は続いていた。

自分の部屋なのでマスクは外していたけど、ここまで咳き込まれてはマスクをしないわけにはいかなかった。

「御幸、ちょっとごめんね。マスクを・・・」

「ああ、本当だ。移ると大変だからね、マスクした方がいいよ。ごめんね、僕はすぐそういうこと忘れちゃうんだ」

御幸は尚もゴホン、ゴホンと咳き込む口元を押さえた。

「御幸もマスクする?あるよ」

「いや、いい。マスクすると、息が辛いんだ。・・・迷惑?」

「迷惑じゃないってば、僕がしていればいいことだし。そんなことより御幸、伝言の件は真幸に聞いたの?」

「そうだよ。こっちは具合悪くて寝てるのに、いきなり携帯の充電がどうとかって言いに来るから・・・。それもばかでかい声でさ」

「だから言わなくていいって言ったのに・・・」

フンと御幸は鼻で笑った。

「真幸は単細胞だから思い込みでものを言うだろ、それが腹が立つんだ。携帯は・・・」

御幸が言いかけたところで、部屋のドアが勢い良く開いて和泉が帰って来た。

「遅くなったぁ!あいつらも全然試験勉強進んでない・・・あれっ?三年生・・・」

「お帰り、和泉。うん、三年Aclssの加藤・・・」

「紹介なんかしなくていいよ。聡の友達だからって、僕まで彼と友達になるわけじゃないんだから」

御幸は面倒くさそうに、僕の言葉を遮った。

当然ムッと顔を強張らせた和泉だったが、それよりも御幸の咳の方が気になったようだった。


「それはお互い様。・・・風邪?マスクしろよ。聡の友達だったら、それくらいわかってるだろ」


御幸の言い方も然ることながら、和泉も歯に衣を着せない。

険悪な雰囲気になるのは、数秒とかからなかった。

「何?こいつ・・・。二年のくせに生意気」

「三年がどれだけ偉いか、おれは知らないけどね」

「和泉!僕がマスクをしているからいいんだよ!」


「だけどここ聡の部屋だろ。病原菌があちこちに飛び散って、汚いんだよ!」


一瞬の沈黙を作るほど、和泉の言葉は辛辣だった。

御幸は無表情に和泉を見つめていたが、やがて目を伏せると黙って立ち上がった。

「聡、帰るよ。ごめんね、僕は汚いから・・・部屋の空気まで汚しちゃって・・・」

「御幸!待って!そんなこと、これっぽっちも思ってないよ!」

引き止める声も無視して、御幸は部屋を出て行った。


「・・・和泉、酷いよ。少しは考えてものを言ってよ!言っていいことと悪いことの区別もつかないの!」


はじめて和泉に感情的になってしまった。言い捨てるように言い置いて、御幸の後を追った。



いくら僕がマスクをしていても

「御幸!その咳、昨日より悪くなってるよ」

あれだけ部屋で咳をされて、気にならないといえばウソになる。

和泉の気持ちはいつも痛いほどストレートに、僕の心に響いてくる。

だけどそれ以上に、和泉の言葉は御幸を傷付けた。


そう思ったから・・・。



「聡・・・」

静かに僕の名を呼んで振り返った御幸の顔には、密やかな笑みが浮かんでいた。


「あいつ、真幸と似てるね、単細胞だ。
心配しなくても、僕はあんなやつの言うことなんかちっとも気にしていないよ」


「・・・気にしてないなら、良かったけど。でも本当に、医務室には行った方がいいよ」

「そうだね、行ってこようかな。試験までは授業休みたくないし」

今度は、御幸は素直に従った。

「ついて行こうか」

「いいよ、勉強中なんだろ。わからないところがあれば、いつでも聞きにおいでよ」

「うん。ありがとう・・・御幸」

「さてと。医務室に行く前には、携帯は切っておかないとね・・・ああそうだ、聡?」

御幸は携帯の電源を切りながら、言いそびれたことを思い出したように言葉を続けた。


「携帯は、電池が切れていたわけじゃないよ」


「えっ・・・」


まただ・・・御幸・・・。

さっきの振り返った時の顔・・・密やかな笑みを浮かべて、僕を見る。


「単に連絡し忘れちゃっただけさ」


忘れる・・・?


―この辺りだと、もう携帯使えるよね。谷口にはちゃんと連絡しておくから―


携帯を手に、確認までしていたあの状況で・・・。

そういうことがあるのだろうか。

誰よりも細やかな気配りを持ち合わせていたはずの御幸が・・・。

「聡・・・僕が忘れたって言ったら、怒るの?」

「・・・もう済んだことだよ、そんなことで怒らないってば。・・・ただ、御幸でも忘れるんだなって・・・」

「言わなかった?僕はそういうことすぐ忘れちゃうんだって。気をつけるよ、じゃあ聡、またね」


そう言って医務室に向かう御幸を見送りながら、何故か御幸の言葉には頷けない自分がいた。







重い気持ちで部屋に戻った。

・・・和泉。

テーブルの上の勉強道具もなくなっていて、部屋に和泉はいなかった。

「テーブルを片付けていかないところが、やっぱり和泉らしいよ」

・・・口に出さないと、心が潰れそうだった。


和泉を責めたくせに、和泉の気持ちに縋る自分がいる。


もう怒ってないよと言えば、和泉のことだからすぐまた戻って来てくれるだろう。

だけど・・・そんなのはずるい。

御幸に感じた心の鬱積を、和泉で癒そうとしているだけだ。


机に座ってもシャープペンシルを持っただけで、勉強の続きは何も手につかなかった。


そんな鬱々とした気持ちでいると、

―コン、コン 

ドアをノックする音がした。

和泉!?・・・そんなわけはないのに、つい虫のいい期待をしてしまう。

さらに自己嫌悪に陥りそうになるのを堪えて、ドアを開けた。


「よっ、何だか二年の区域は、廊下歩いてても落ち着かねぇな。人のことジロジロ見やがって・・・」

「三浦!ああ・・・それは仕方ないよ。バスケの試合以来、君は二年生の間じゃ有名人だからね」

ジロジロは憧れの対象でもあるのに、鬱陶しそうに顔を顰める三浦に思わず口元が綻んでしまった。


凹んでいた気持ちが救われるようだった。


「どうぞ、入って。和泉から謹慎だけで済んだって聞いて、安心したよ」

三浦は和泉の名前のところだけ眉間を寄せながら、ベッドを背にその和泉が座っていた同じ場所に腰を落とした。


「・・・電話くれてただろ。ちょっと・・・いろいろバタバタしててすぐ返せなかったけど、さっきしたんだぜ。
携帯見てねぇだろ。面倒くせぇ、直接来たぜ」

「さっき?あっ・・・」

御幸を追って部屋を空けていた時だ。

携帯は机の上に置きっ放しだった。

「まっ、そんなことはどうでもいいんだけど・・・ちょうどいい具合にテーブルが出てるじゃねぇか。
どうせ聡のことだ、試験勉強してたんだろ?どっかわからないところあるか?教えてやるよ」

「ありがとう、助かるよ。でもいいの?僕の勉強を見るより、他に見てやらなきゃいけない生徒がいるんじゃないの?」

「・・・お前、人の心配ばかりしてるから足挫いたりするんだぜ。包帯・・・痛いか?流苛、庇ってくれたんだってな」

呆れたように文句を言うその端から、優しさが零れ落ちる。

三浦の無骨な優しさが。

「ちょっと捻っただけだよ。全然平気、ちゃんと歩いてただろ。三浦の方こそ、流苛君と連絡取れたの?」

「うん?ん〜・・・携帯に掛けても出やがらねぇ。
そりゃ元は俺の早とちりかも知れねぇけどさ、流苛だって大人しく待ってりゃよかったんだ」

「それは三浦の勝手な言い分だよ。流苛君は、君が水島君と揉めるのを心配して止めに行ったんだよ。
相変わらず短気なんだから」

三浦にも充分自覚はあるのだろう、自嘲気味に口元を歪めた。

「・・・わかってる、これでも反省してんだぜ。それなのに俺が流苛のことで相談に行っても、渡瀬は超機嫌悪いし。
谷口は真幸たちに付き纏われてるし・・・あ〜あ、ちくしょう」

「大丈夫だってば、渡瀬たちだってちゃんとわかってるよ。それよりカウンセリング室では、和泉の暴走を止めてくれたんだってね」

「止めるも何も信じられねぇ!あいつ謹慎の最中に、携帯で呼び出そうとしやがんだぜ。
あいつにとっちゃ兄貴かも知れねぇけど、公私の区別くらい教えとけっていうんだ」


先生との一線がきっちり引かれているこの学校において、和泉の行動がよほど三浦を慌てさせたのは想像に難くなかった。

「あの後、教えられたみたいだよ」

ここは苦笑するしかなかった。

「ふん・・・聡はあいつと仲良いもんな。そういやこのテーブル・・・
あいつと試験勉強するつもりで出しておいたんじゃないのか?だったら俺、帰るぜ」

三浦が拗ねて言っているのではないことは、その自然な口振りからわかる。

三浦にとって和泉は気に入らない相手ではあるけど、僕の友達であることには尊重してくれているようだった。

それはとても嬉しくて、改めてさきほどの気持ちが大きく擡げて来た。


「・・・何だ?どうした・・・聡?」

「うん・・・そのテーブルで試験勉強してたんだけど・・・。僕がつい感情的になって言っちゃったから、和泉は部屋に帰ってしまって・・・」

「ケンカか?聡が?珍しいな」

「ケンカっていうより、僕のせいだ・・・僕が・・・」

「おい、僕が、僕がじゃ、わからないだろ。最初から話せ」

「ん・・・御幸がね・・・訪ねて来てくれて・・・」

御幸が部屋に来た細かい経緯は話さなかったが、それ以降の和泉ともめる原因になった様子については、出来る限り正確に話した。


「それで部屋でもマスクしてたのか。御幸かぁ・・・あいつとはあまり親しくないなぁ。聡は中等部の頃は仲良かったよな」

「・・・うん」

「和泉は当たり前のことを言ったと思うぜ。聡がマスクしたらいいってもんじゃないだろ。
言い方は悪かったかも知れねぇけど、たぶん御幸は聡が思うほど気にしてないな」

御幸とは親しくないと言いながら、三浦の言葉は驚くほど的を突いていた。


―心配しなくても、僕はあんなやつの言うことなんかちっとも気にしていないよ―


当たっているとはさすがに言えなかったが、思わず聞き返した。

「どうして気にしてないって思うの!?」

「ワガママだからだ。自分のことしか考えてねぇだろ。そういう奴は人の言うことなんか気にしねぇんだよ」

「でも御幸はマスクしたら息が辛いって・・・・・・」

「窒息するマスクなんて聞いたことないぞ。煩わしいだけだろ、それがワガママだって言うんだ。本来は聡が言ってやるべきだったと思うぜ」

「三浦・・・」

「聡なら、言えたはずだろ。あの時、俺たちに毅然と言ったみたいに。なっ」


あの時・・・


―足をどけろ、渡瀬。・・・タバコ、停学じゃ済まないのは君たちも良く知っているんじゃないの―


三浦の言うとおりだった。言うべきは自分なのだ。

いろいろな感情に負けてしまって、結果として和泉に嫌な役目を負わせてしまった。

「・・・そうだね。僕が言うべきことだったんだよね。和泉に謝ってくるよ」

「待てって。俺は別に聡を責めてるんじゃないぞ、謝る必要なんかあるか。
生意気だし俺にだってどれだけズケズケ言いやがったことか。あいつにはいい薬になったはずだ」

「だけど僕はこのままじゃ嫌だ・・・」

「・・・仕方ねぇなぁ。わかった、俺が連れて来てやるよ。あいつ、自分の部屋にいるんだろ?」

「いいよ!三浦が行くと、またケンカになる・・・」

「ばーか、ならねぇよ。いいから聡は教科書広げて待ってろ」

三浦はすっくと立ち上がると、部屋を出て行った。


ああ・・・そうだった。


―大丈夫さ、三浦がもう相手にしないよ。流苛の審査も掛かっているしね、三浦はちゃんとわかってる―


そう言って先生は、三浦に和泉を任せたんだ。

本当だね、ばかだね。

僕はいつもつまらない心配ばかりして、肝心な自分のことが疎かになっている。



各部屋の並びは学年ごとの区域にクラス・出席順となっているので、非常にわかり易い。

ドアには名前プレートがはめ込まれており、ウロウロ探すこともほとんどない。


ものの10分もしないうちに、三浦は戻って来た。

和泉も一緒だった。


「へへっ・・・聡、おれがいなくなって、落ち込んでたんだって?」

一度引き上げた和泉が勉強道具を抱えて、言葉とは裏腹の表情で照れ臭そうに三浦の後ろから顔を覗かせた。


「また・・・懲りない奴だな。お前だって落ち込んでただろうが!」

「あれは落ち込んでたんじゃなくて、おれなりにいろいろ考えごとしてたの!」

「教科書放っ散らかして、携帯でゲームしてるのがお前の考えごとか?毎度々々進歩のない奴だな」

「兄貴もお前も頭固いよな、ゲームを単なる遊びだと思ってばかにしてるだろ。
精神を落ち着かすにはけっこう優れもんなんだぜ。臨機応変に活用してるだけだ!」


不思議だな・・・。

三浦と和泉が言い合いをしているのに、とても安心していられる。


「和泉、さっきは感情的になってごめんね。僕の体のことを思って言ってくれたことなのに。和泉に嫌な思いをさせて」

「えっ、おれ別にそんなこと・・・。だってさ、聡が怒ってるって思ったら・・・何か部屋に居難くいじゃん・・・」

和泉は後頭部をボリボリかきながら、僕は俯き加減で、そして同じ瞬間に吹き出した。


「お前らの仲直りって、小学生みたいだな・・・ったく、手の掛かる・・・。ほら、試験勉強するんだろ!?
和泉!さっさと教科書広げろ!聡は?わからないとこあるか?」



葉陰から強く差し込む陽射しが、窓辺のカーテンに和らげられて、優しい光となり差し込む午後。

三浦に勉強を見てもらいながら、ようやく本腰が入る。


「おれ、ここんとこが・・・この問題なんだけどさ・・・」

「どれ・・・2次方程式か・・・2つの解の和と積・・・お前、これ基本問題だぞ。ちゃんと授業聞いてんのか」

「あの・・・僕も、そこのところがよくわからないんだけど・・・」

「・・・聡もか。それじゃ基礎のところから説明するから、ノート持ってこっち座れよ」

和泉と同じローテーブルに座って、一緒に三浦の説明を聞く。

「そうそう、式の基本をしっかり覚えることだ。聡、そこはそうだったか?」

「えと・・・あっ、そっか!係数を使って表すと・・・」

横では和泉がスラスラと問題を解いていた。

和泉の方が、のみ込みが早い。

僕はコツコツと勉強してそれなりの成績だけど、同じように勉強していれば和泉の方がずっと成績は良いはずだ。


「・・・なあ、三浦ぁ」

「何だ?・・・ちゃんと出来てるぞ?」

「試験終ったら、フリースロー対決しようぜ!」


・・・良いはずなのに、そのコツコツが和泉には向かないようだった。


「お前・・・目の前の問題を片付けてから言え」

「これで数学は目処がついたよ。三浦の教え方、兄貴より上手いぜ。兄貴は聞けば教えてくれるけど、丁寧じゃないんだよなぁ」


三浦が僕に睨んで来る・・・。

「和泉、数学だけじゃないよ、他の科目だってあるし。
もし万が一また赤点なんてことになったら、本当にこの夏休み先生に監禁されちゃうよ」

「・・・脅かすなよ、聡」

「おい!和泉!赤点ってお前、普段勉強してねぇのか!?」

三浦が声を張り上げた直後、ポケットの携帯が鳴った。



〜♪♪〜♭〜♪.〜♪♪〜



「誰だ、うるせぇ・・な・・・流苛だ!」

「流苛君から?良かったね、三浦」


「もしもし!流苛!お前電話くらい出ろ・・・えっ?・・・ああ・・・もちろんだ・・・」


和泉は三浦から聞こえてくる流苛の名前に、自分の記憶を確かめるように聞いてきた。

「流苛って、三浦が家庭教師申請しているっていう下級生だよな?バスケの時にちょこっとだけ来てた、あの金髪の」

「そうだよ。流苛君の家庭教師は渡瀬たちもだから、三人の持ち回り制でするんだって言ってたよ」

「ふ〜ん。聡の友達って、勉強も出来てバスケも上手いって、すごい奴ばっかりだな・・・」

バスケットはもとより実際に勉強まで見てもらった和泉は、三浦たちに対する正直な感想を洩らした。


「うん。僕の友達は、みんなすごいんだ。和泉だって、すごいよ。
こうして僕が普通に学校生活を送れるのも、和泉やクラスメイトたちのおかげだもの」

「何だい、それ・・・」

本当のことなのに、和泉は決まり悪そうに顔を歪めた。


「聡!悪いけど、もういいか?流苛がレストルームに来てるんだ」

「ほんと!?じゃあ、早く行ってあげなきゃ。僕たちの方は充分教えてもらったよ、ありがとう」

「ああ。それにしても、こっちがかけても出なかったくせに・・・全くあいつもたいてい自分勝手だぜ」



[もしもし!三浦さん、どこにいるの!渡瀬さんも谷口さんもいま忙しいから、三浦さんに勉強見てもらえって!
もうぅ・・・さっきから僕、待ってるんだから!]



流苛の一方的な電話の内容は、誰も彼もが意地っ張りで、誰も彼もが思いやりに溢れていた。

みんなわかっている・・・流苛さえも。

謹慎の一ヶ月間、教科書を広げる暇もないと渡瀬が言っていたけど、広げなくともちゃんと学んでいたんだ。




―花に囲まれた静かな世界

しかしけして穏やかな時ばかりではなく

時に激しく時に辛く

人生の縮図がそこにある―




宿舎での生活を通して、係わる全ての人や物から。



「和泉も勉強見てもらったんだから、お礼くらい言って」

「うん。サンキュ、三浦」

笑顔で礼を言う和泉に、三浦は強面の顔をさらに険しくして念を押した。

「・・・俺が教えたんだ、万が一赤点取ってみろ。承知しねぇからな」

「大丈夫さ。なぁ、それよりフリースロー対決、忘れんなよ。
何なら渡瀬と谷口も入れて三対三でもいいぜ?そしたらオレも北沢と渡辺を・・・」

しかし三浦の脅しに近い念押しも、和泉にはあまり効果がないようだった・・・。

こんな時は何故か、その風当たりはいつも僕に向く。

「聡!そっくりだな・・・イライラする!」

「そっくりって、先生に・・・」

と、聞きかけて、三浦の眉間が一気に深くなったのですかさず言葉を繋げた。

「そっくりって程でもないと思うけど!?・・・兄弟だもの、似てるところはあるよ」

人の話をちゃんと聞かないところや、物を出しっ放しなところとか。

だけど短気なところは似てないよ。


すぐ熱くなって、自分の心に真正直で・・・

そこのところは、先生よりも君と似ているよ。


「・・・ちえっ、笑ってんじゃねぇや。じゃ、なっ!」


言わないけどね。



「・・・なぁ聡、三年は受験なのに、三浦って人の勉強ばっかり見てるよな」

いままでの和泉からは、およそ聞くことの出来ない言葉だった。

「和泉、三浦の心配してくれているの」

「やっ・・・心配ってほどのことじゃないけどさ!あいつ勉強出来るんだし・・・」

慌てて和泉は否定した。

ふいっと背けた視線が、言葉とはあべこべだけど。


「ねぇ、和泉?三浦は、君のこと名前で呼んでたよ、気付いてた?たぶん三浦自身も気付いてないと思うけど」

「そうだっけ?・・・聡につられたんだよ」

「そうかもしれないね。最初のころは和泉を名字で呼んでいたけど、あれは面白がって呼んでいたみたいなものだったし。
本当は三浦も僕と同じで名字は呼びにくいんだよ」

「・・・だから?」

「自然に出たんだよ」

僕が君を、和泉と呼ぶように。


「和泉と三浦は友達だよ」


そして和泉が、また否定して仕舞わないうちに。


―親指を立てて、ウインクをする―


「あーっ!聡に取られたー!!」

「あははっ。さあ和泉、試験勉強の続きをしよう」



三浦が帰って再び和泉と二人。

和泉とは何のわだかまりもなくなった一方で、携帯の件から御幸に感じていた一連の違和感については、三浦にも話すことが出来ず消えることはなかった。







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